映画、本、NBA、金融……週休5日で働く元経済紙記者が気ままにつむぐ雑記ブログ

名将スティーブ・カーの退場劇に秘められた戦略と思いやり

選手を守るための退場劇、「アメイジング」なコーチ

 ゴールデンステート・ウォリアーズのヘッドコーチ、スティーブ・カーが2月14日のポートランド・トレイルブレイザーズ戦で退場を喫した。第4Qに自チームのドレイモンド・グリーンが犯したファウルがフレグラントファイルと判定されたことに対して激しく抗議したことが直接の原因だった。カーにしては珍しく、激した様子で戦術ボードをコートにたたき付け、審判に食い下がって悪態をついていた様子が印象的だった。
 しかし、それまでのゲームの流れと今シーズンのチーム事情を考えると、カーは選手を守るため(特にグリーン)、そして審判の笛がこの試合を通してフェアでなかったことを印象付けるためにあえてそう振る舞ったのかもしれない、と思ったのだった。たとえ1つのゲームを犠牲にすることになっても(オールスターウィークエンド直前で何人かのキープレイヤーを休ませていた試合でもあった)。

 その辺のことは、試合後にカーがグリーンのファウルを「いいファウルだと思った」と発言していることからも伺える。(グリーンも、試合後にカーの振る舞いを「I love that.」「Amazing」と言って感嘆、感謝の気持ちを表している)。

 確かに、グリーンのファウルは、この試合を通しての審判の笛に抗議するというメッセージ性が込められたものと受け止められなくもないものだったと思う。

 


Steve Karr gets ejected after trying to fight with officials GSW vs POR. 02/13/2019

 好ゲームで飛び出したフロッピング……? 

 第4Qにゲームが荒れるまでは、競った内容のいいゲームだった。いや、荒れた展開になってからも、双方、ハイレベルな攻防が続いた好ゲームだった。試合を壊したのは、ひとつには、やはり審判のダブルスタンダードと受け止められてもおかしくない、不可解な判定だろう。
 トレイルブレイザーズのホームコートだったとは言え、審判の笛がウォリアーズの選手に不利なほうに傾いていたという印象は拭えない。
 いくつか鍵になる場面があったのだが、この日のハイライトとして話題になりそうなのが、やはり、4Q残り7分32秒(ウォリアーズ101 :トレイルブレイザーズ104)で、ゴールに向かってドリブルアタックしてレイアップを決めたクレイ・トンプソン(ウォリアーズ)が、ザック・コリンズ(トレイルブレイザーズ)との接触でチャージングを取られ、ノーカウントにされた場面だろう。
 あの場面であんなに飛ばされるの? というくらい若干派手目に吹っ飛んだコリンズの動きを「フロッピング(端的に言うと、演技)」と受け止めたウォリアーズの選手は多かったようだ(ウォリアーズを応援していたので、私も「フロップだ!」と思わず叫んだ)。滅多に激することのないトンプソンがディフェンスに戻る途中でコリンズにトラッシュトークし、それに対し、コリンズが興奮して言い返した(F語を口にしているように見える)ことも、火に油を注いたようだ。


Klay Thompson Very Mad At Zach Collins For Flop Acting | Warriors vs Blazers

 不条理な笛に対する抗議のファウル

 実はその後で、グリーンがJ・クレイマントレイルブレイザーズ)に対して取られたチャージングも(クレイマンによる)フロッピング臭いと言えば言えなくもないプレーだったのだが、こちらはさほど話題にならなかった(だが、その直後にグリーンがコリンズに対してやらかしたファールがフレグラントと判定され、猛抗議したカーの退場につながったことを考えると、グリーンの堪忍袋の緒はこの判定でぷっつり切れてしまっていたとも受け止められる)。

 この場面以外でも、前後半を通し要所要所で、ウォリアーズの面々が「What !?!!!?」と叫んで頭を抱えてしまうようなコールが続いていた。

 トレイルブレイザーズの選手がしたたかで上手かったという側面も否めない。一流選手ならば、審判を味方につける術、ファイルをもらう術を身に着けている必要があるだろうし、目の肥えたファンならば、その辺りの駆け引きもNBAのゲームを楽しむ際のポイントにしていることだろう。この試合でも、D・リラード(トレイルブレイザーズ)のファウルのもらい方は「さすが」と唸らせられるようなものが多かった。

 それに対して、ヌルキッチ(トレイルブレイザーズ)のプレーはいただけなかった。カリーに対してどうでもいい場面でさりげなく足をひっかけて転ばせようとしたり、グリーンの後頭部に肘鉄を食らわせたり・・・個人的には、何よりもヌルキッチに対して「こいつ、ダーティーだな…」という嫌悪感を抱かされた試合だった。

度胸あるタフガイ、試合後に変わったコリンズへの評価

 その一方で、コリンズの方は、ゲーム中はフロッピングの印象がどうしても強く、「小賢しいやつ!」と腹立たしく思っていたのだが、ゲーム全般を通してみると、自身がシュートブロックされた直後の大事な場面で見事なブロックを仕返したり、ウォリアーズのスター選手たちからの執拗なヤジにもたじろがなかったり、普段のインタビュー記事から若いのに計画的でしっかりと人生プランを持った選手というイメージもあったりしたので、冷静にゲームを振り返ったあとでは、「なかなかのタフガイ」「いい度胸してんな」というふうに評価が若干変わった。

 両チームのファンの間でも、コリンズはこのゲームで一気に有名になり、評価が真っ二つに別れたらしい。トレイルブレイザーズファンの間では、「タフガイ!」「よくやった」と持ち上げられ、反対にウォリアーズファンの間では、「クソ生意気な若造」「悪魔のようなフロッパー」としてSNSなどで盛り上がったとのこと。

駆け引きとしての、執拗な野次

 先にも書いたが、ゲーム終盤、頭に血が上ったウォリアーズのスター選手たちは全員ベンチに下げられたのだが、トンプソン、デュラント、グリーンらはけっこう強い口調でコリンズを野次っていた(トンプソンの場合は、「フロッパー!」という執拗な野次が、テレビ越しにも聞こえてきた)

 せっかくいいところまで競ったゲームを失う展開になって悔しかったというのももちろんあるだろうが、ゲームが犠牲になった以上、騒ぎを大きくすることでフロッピング(と自分たちが確信している行為)とそれを行ったと思われる相手選手への注目を否が応でも高め、2度と自分たちとの試合でそんな真似ができないように予防線を張ったという側面が大きかったのではないかとも思う。解説者の塚本氏も言っていたように、シーズンを通してみたときの「駆け引き」に出ていたと受け止めたほうがいいのかもしれない。

 思慮深そうなデュラントがグリーンらと一緒になって大声で野次っていたのも、そんな思惑があってのことだろう。あとは、チームケミストリーを大事にしたという面も少しあったのかな、とも思う。シーズン前半で、自身とグリーンとの激しい口論の後、チームが一時連敗の波から抜け出せなくなるという苦い出来事を経験したこともあり、ここは、フレグラントファウルをとられたグリーンやテクニカルファウルをとられたトンプソンらを諭すよりも、レフェリーやコリンズを野次る方がチームにとっていいと判断したとか(諭そうなんて、最初から思ってなかっただろうけど)。何よりも、カーの退場が、そうした行為をやりやすいものにしたのかもしれない。

逆転劇を演じたかったステフ

 いずれにせよ、そんなふうに騒然とした状況の中、中心選手の中でスティフィン・カリーだけは、静かにベンチに腰を下ろして終始無言だった。デュラントやグリーンのような、抗議したり文句を言ったりする役回りの仲間がチーム内にいてくれるというのもあるのかもしれないが、これはカリーの性格に負うところが大きいのかもしれない。カリーもゲーム中の抗議や乱闘でテクニカル・ファウルをとられたり退場になったりしたことは何度かあるが、駆け引きにせよ、相手選手をずっとなじり続けるというのは、やはりカリーのイメージにあまりそぐわないような気がする。

 ゲームの中でも、ヌルキッチの薄汚いファウル(と私は思う)を受けても、抗議することなく、直後に3ポイントを決め、心なしかゲーム後半はヌルキッチのいるゴール下に向かって切れ込んでいくプレーが多かったようにも思う。心の中は燃えていたということなのだろう。バスケットボールで怒りを晴らしにいったわけだ。

 何よりも、カリーはこの試合、逆転勝利する機会が十分にあると思っていたのだろう。ゲームを通して、カリーのシュートタッチは非常に良かった。それまでの数ゲーム、珍しくシュートを決めきれない場面が多かったこともあり、この試合のカリーはとても気持ちよくプレーしているように見えた。

 カーの退場シーンでも、カリーは首を振って不本意な気持ちを隠さなかった。恐らく、デュラントらと同じくカーの意図を十分すぎるほど理解していたのだろうが、それでも、3分54秒の残り時間と、103対110の得点差(フレグラントファウル分も含めた5点分のフリースローをすべて決められたとしても)自分の3ポイントをもってすれば逆転の芽はあると考えていたのだろう。今まで、3ポイント攻勢で数々のゲームをひっくり返してきた実績があることを考えれば、それも納得できる。

 カリーにとっては、目の前にある勝利の可能性を自分たちから捨ててしまったことがやるせなかったのかもしれない。ファンからみても、決してきれいごとだけではすまされないゲームの駆け引きをみることもまた、それはそれでレアなこととして楽しめるのかもしれないが、何よりも、稀有な能力を持ったプレイヤー同士によるガチンコの真剣勝負の中でしか生まれないドラマチックなゲーム展開をみれることこそ、無上の喜びだと言える。私も、この競った好ゲームの“本当の結末”をみてみたかった。