映画、本、NBA、金融……週休5日で働く元経済紙記者が気ままにつむぐ雑記ブログ

プロ入り確実な有望選手が持つ権利、ザイオン負傷で起こった議論が示唆するもの

 2月20日に行われたNCAAの注目の一戦、デューク大対ノースカロライナ大戦で、将来を嘱望される1年生のスター選手ザイオン・ウォリアムソンがシューズの破損で負傷退場するという衝撃の出来事から、はやくも10日近くがたった。


How Zion Williamson's Nike Shoe Might Have Ripped

 今年のNBAドラフトでの全体1位指名が確実と言われている金の卵の残りの大学でのキャリアをめぐり、現在、全米で大論争が起こっていることは知っての通りだ。残りのキャリアといっても、これからまさに1年のクライマックスとなるNCAAトーナメントが始まるという、絶妙なタイミングで起こった論争だった。

NBA入り前にプレー続けるべきか、レジェンドらが白熱した議論

 NBAに入れば、スーパースター候補として輝かしいキャリアが期待できる上、チームからの年俸に加え、シューズ契約を始めその他多くの企業とのスポンサー契約によって巨額の金を稼ぐ選手となることがほぼ確実なのに、ここで大きな怪我でもしてしまったら、それがすべて水の泡になってしまう、だから、NCAAトーナメントだろうがなんだろうが、大学での残りのゲームはプレーしないほうがいいという意見と、いやいや、デューク大に進学し、大学バスケットボールにコミットすると決めたのだから、怪我が治ったら当初の予定通りプレーすべきだという意見がぶつかっているわけだ(NBAドラフトの被指名権を得られるようになるまでの、高卒後の1年間はユーロリーグに来たらいいよ、というドンチッチからの"第三の提案”もあったが)。

 ちなみに、前者の意見はデマーカス・カズンズ(アキレス腱断裂という大怪我から最近やっと復帰できたという自身の身の上もあるのだろう)といったNBAの現役プレイヤーや、スコッティ・ピッペンピッペンはまさにレジェンドといっていい)、トレイシー・マグレディといった往年の名選手から出てきたもの。後者の意見については、最近になってまさにNBAのレジェンドであるコービ・ブライアントがはっきりと主張したことが足元で影響力を及ぼしているようだ。

スター選手の周囲で動く巨額マネー

 こうした議論に注目が集まる背景には、将来有望なアマチュア選手をめぐって巨額のマネーがうごめくアメリカ社会の現状を問題視した議論が、かれこれ30年近く(?)も続いてきたこともあるのだろう。
 スター候補生がいることで、たとえば大学でも高校でも、所属チームのゲーム放映権料、チケット代、シューズなどの用具を含めた様々なスポンサー契約料など、アマチュアスポーツとは言え、多額のお金が動くのは周知の事実。アマチュアというのは選手のみで、大学も企業も大金を稼いでいるわけだ。一方で、選手が受け取れるお金はない(一般的には、奨学金やスポンサー企業から無料支給されるシューズやウェアなどのみ)。

 NCAAがアマチュアリズムの気高さを声高に主張し、そのための厳格なルールを選手らに課してきた一方で、いや、そんなきれいなものじゃないよ、実際にはビジネスだよといった怜悧な見方が多くの支持を集めてきたことに加え、選手だけ(奨学金以外の)保証がないなんて、フェアじゃないよという声も大きくなってきたということなのだろう。

(ちなみに、選手の獲得をめぐっても、奨学金のほかに、学校側から表に出せないお金が動いていると言われているほか、選手にはスポンサー契約を狙う企業などからの"誘惑”も多く、実際にはもっと"怪しい"お金の動きがあると言われている)

高校野球との類似点、甲子園にスター選手が出ないという選択はありか

 こうした話を聞くと、なんだか似た構図の議論が日本にもあるよな、ということに思い至る。そう、高校野球だ。もっとも、選手の身体の酷使を避けるために投手の球数制限を儲けようといった動きですら阻止される日本では、今のところ、こうした議論は沸き起こるべくもないだろう。たとえて言うならば、甲子園大会を前にして、甲子園のアイドルとなりそうな有望選手に、あなたは将来有望でプロ入り後の活躍も間違いないのだから、怪我する恐れのある大会には出るべきでない、と言っているようなものだから。

NCAAトーナメントの人気ぶりは、甲子園の比ではないかもしれない。「マーチマッドネス」と呼ばれる3月のこのトーナメントは、NBAファイナルをもしのぐ人気と注目を集めると言われている)

当の選手は……そりゃNCAAチャンピオン狙ってるはず

 そうは言っても、今回のザイオンをめぐる論争は、もとより選手本人の意向を無視した、行き過ぎた議論だと思わずにはいられない。奇しくも、同じデュークの1年生プレイヤーで今年のNBAドラフトで2位指名が予想されているRJバレットも言うように、「そもそもリスクを負うつもりがないならば彼はデューク大に進学などしないだろうし、何よりも彼はバスケットボール選手なのだ」。本番のNCAAトーナメントを前にして、ほかにもドラフト指名が確実視されるチームメイトが複数いる中で、怪我を回避するために自分だけが棄権するという選択肢は選ぶべくもないだろうし、何よりも(おそらくは)彼はバスケットボール選手として、NCAAチャンピオンを勝ち取ることを狙っているはずだ。

 こんな議論が沸き起こるのも、ザイオン・ウィリアムソンがNBAでスーパースターとして活躍する日を心待ちにするファンが大勢いるということの証なのだろう(同時に、彼との契約や関係構築を狙っている利害関係者も多いのだろう)。

市場拡大でクローズアップされた?  将来の成功で得るものを守る権利

 それにしても、古今東西、"プロ入り”が嘱望される有望アスリートを取り巻く現実はシビアだ。 どんなに有望な選手でも、プロ選手になる前に怪我でキャリアが絶たれたならば、まったく違う人生を歩むことになるのだから。また、幸い怪我を乗り越えてプロ選手になれたとしても、キャリアを通じてそのときの怪我の影響に悩まされるというケースも少なくない。元甲子園投手で肩や肘を酷使した投手などには、こうしたパターンに陥る選手が少なくない。

  スポーツ選手を取り巻くマーケットが拡大する中では、無事にプロ入りできたかできなかったかで生じるギャップも、昔よりも遥かに大きくなっており、だからこそ今回のような議論も生ずるのだろう。

 加えて、選手が将来収めるべき成功、得るべき報酬も選手の権利と考えると、権利意識の強いアメリカでは、こうした議論が熱を帯びるのも頷ける。

 とは言え、私はコービの意見支持派だなぁ。ただ、高校球児の身体酷使を防ぐ手立ては真剣に、早急に考えて導入するべきだと思う。