映画、本、NBA、金融……週休5日で働く元経済紙記者が気ままにつむぐ雑記ブログ

プロ入り確実な有望選手が持つ権利、ザイオン負傷で起こった議論が示唆するもの

 2月20日に行われたNCAAの注目の一戦、デューク大対ノースカロライナ大戦で、将来を嘱望される1年生のスター選手ザイオン・ウォリアムソンがシューズの破損で負傷退場するという衝撃の出来事から、はやくも10日近くがたった。


How Zion Williamson's Nike Shoe Might Have Ripped

 今年のNBAドラフトでの全体1位指名が確実と言われている金の卵の残りの大学でのキャリアをめぐり、現在、全米で大論争が起こっていることは知っての通りだ。残りのキャリアといっても、これからまさに1年のクライマックスとなるNCAAトーナメントが始まるという、絶妙なタイミングで起こった論争だった。

NBA入り前にプレー続けるべきか、レジェンドらが白熱した議論

 NBAに入れば、スーパースター候補として輝かしいキャリアが期待できる上、チームからの年俸に加え、シューズ契約を始めその他多くの企業とのスポンサー契約によって巨額の金を稼ぐ選手となることがほぼ確実なのに、ここで大きな怪我でもしてしまったら、それがすべて水の泡になってしまう、だから、NCAAトーナメントだろうがなんだろうが、大学での残りのゲームはプレーしないほうがいいという意見と、いやいや、デューク大に進学し、大学バスケットボールにコミットすると決めたのだから、怪我が治ったら当初の予定通りプレーすべきだという意見がぶつかっているわけだ(NBAドラフトの被指名権を得られるようになるまでの、高卒後の1年間はユーロリーグに来たらいいよ、というドンチッチからの"第三の提案”もあったが)。

 ちなみに、前者の意見はデマーカス・カズンズ(アキレス腱断裂という大怪我から最近やっと復帰できたという自身の身の上もあるのだろう)といったNBAの現役プレイヤーや、スコッティ・ピッペンピッペンはまさにレジェンドといっていい)、トレイシー・マグレディといった往年の名選手から出てきたもの。後者の意見については、最近になってまさにNBAのレジェンドであるコービ・ブライアントがはっきりと主張したことが足元で影響力を及ぼしているようだ。

スター選手の周囲で動く巨額マネー

 こうした議論に注目が集まる背景には、将来有望なアマチュア選手をめぐって巨額のマネーがうごめくアメリカ社会の現状を問題視した議論が、かれこれ30年近く(?)も続いてきたこともあるのだろう。
 スター候補生がいることで、たとえば大学でも高校でも、所属チームのゲーム放映権料、チケット代、シューズなどの用具を含めた様々なスポンサー契約料など、アマチュアスポーツとは言え、多額のお金が動くのは周知の事実。アマチュアというのは選手のみで、大学も企業も大金を稼いでいるわけだ。一方で、選手が受け取れるお金はない(一般的には、奨学金やスポンサー企業から無料支給されるシューズやウェアなどのみ)。

 NCAAがアマチュアリズムの気高さを声高に主張し、そのための厳格なルールを選手らに課してきた一方で、いや、そんなきれいなものじゃないよ、実際にはビジネスだよといった怜悧な見方が多くの支持を集めてきたことに加え、選手だけ(奨学金以外の)保証がないなんて、フェアじゃないよという声も大きくなってきたということなのだろう。

(ちなみに、選手の獲得をめぐっても、奨学金のほかに、学校側から表に出せないお金が動いていると言われているほか、選手にはスポンサー契約を狙う企業などからの"誘惑”も多く、実際にはもっと"怪しい"お金の動きがあると言われている)

高校野球との類似点、甲子園にスター選手が出ないという選択はありか

 こうした話を聞くと、なんだか似た構図の議論が日本にもあるよな、ということに思い至る。そう、高校野球だ。もっとも、選手の身体の酷使を避けるために投手の球数制限を儲けようといった動きですら阻止される日本では、今のところ、こうした議論は沸き起こるべくもないだろう。たとえて言うならば、甲子園大会を前にして、甲子園のアイドルとなりそうな有望選手に、あなたは将来有望でプロ入り後の活躍も間違いないのだから、怪我する恐れのある大会には出るべきでない、と言っているようなものだから。

NCAAトーナメントの人気ぶりは、甲子園の比ではないかもしれない。「マーチマッドネス」と呼ばれる3月のこのトーナメントは、NBAファイナルをもしのぐ人気と注目を集めると言われている)

当の選手は……そりゃNCAAチャンピオン狙ってるはず

 そうは言っても、今回のザイオンをめぐる論争は、もとより選手本人の意向を無視した、行き過ぎた議論だと思わずにはいられない。奇しくも、同じデュークの1年生プレイヤーで今年のNBAドラフトで2位指名が予想されているRJバレットも言うように、「そもそもリスクを負うつもりがないならば彼はデューク大に進学などしないだろうし、何よりも彼はバスケットボール選手なのだ」。本番のNCAAトーナメントを前にして、ほかにもドラフト指名が確実視されるチームメイトが複数いる中で、怪我を回避するために自分だけが棄権するという選択肢は選ぶべくもないだろうし、何よりも(おそらくは)彼はバスケットボール選手として、NCAAチャンピオンを勝ち取ることを狙っているはずだ。

 こんな議論が沸き起こるのも、ザイオン・ウィリアムソンがNBAでスーパースターとして活躍する日を心待ちにするファンが大勢いるということの証なのだろう(同時に、彼との契約や関係構築を狙っている利害関係者も多いのだろう)。

市場拡大でクローズアップされた?  将来の成功で得るものを守る権利

 それにしても、古今東西、"プロ入り”が嘱望される有望アスリートを取り巻く現実はシビアだ。 どんなに有望な選手でも、プロ選手になる前に怪我でキャリアが絶たれたならば、まったく違う人生を歩むことになるのだから。また、幸い怪我を乗り越えてプロ選手になれたとしても、キャリアを通じてそのときの怪我の影響に悩まされるというケースも少なくない。元甲子園投手で肩や肘を酷使した投手などには、こうしたパターンに陥る選手が少なくない。

  スポーツ選手を取り巻くマーケットが拡大する中では、無事にプロ入りできたかできなかったかで生じるギャップも、昔よりも遥かに大きくなっており、だからこそ今回のような議論も生ずるのだろう。

 加えて、選手が将来収めるべき成功、得るべき報酬も選手の権利と考えると、権利意識の強いアメリカでは、こうした議論が熱を帯びるのも頷ける。

 とは言え、私はコービの意見支持派だなぁ。ただ、高校球児の身体酷使を防ぐ手立ては真剣に、早急に考えて導入するべきだと思う。

名将スティーブ・カーの退場劇に秘められた戦略と思いやり

選手を守るための退場劇、「アメイジング」なコーチ

 ゴールデンステート・ウォリアーズのヘッドコーチ、スティーブ・カーが2月14日のポートランド・トレイルブレイザーズ戦で退場を喫した。第4Qに自チームのドレイモンド・グリーンが犯したファウルがフレグラントファイルと判定されたことに対して激しく抗議したことが直接の原因だった。カーにしては珍しく、激した様子で戦術ボードをコートにたたき付け、審判に食い下がって悪態をついていた様子が印象的だった。
 しかし、それまでのゲームの流れと今シーズンのチーム事情を考えると、カーは選手を守るため(特にグリーン)、そして審判の笛がこの試合を通してフェアでなかったことを印象付けるためにあえてそう振る舞ったのかもしれない、と思ったのだった。たとえ1つのゲームを犠牲にすることになっても(オールスターウィークエンド直前で何人かのキープレイヤーを休ませていた試合でもあった)。

 その辺のことは、試合後にカーがグリーンのファウルを「いいファウルだと思った」と発言していることからも伺える。(グリーンも、試合後にカーの振る舞いを「I love that.」「Amazing」と言って感嘆、感謝の気持ちを表している)。

 確かに、グリーンのファウルは、この試合を通しての審判の笛に抗議するというメッセージ性が込められたものと受け止められなくもないものだったと思う。

 


Steve Karr gets ejected after trying to fight with officials GSW vs POR. 02/13/2019

 好ゲームで飛び出したフロッピング……? 

 第4Qにゲームが荒れるまでは、競った内容のいいゲームだった。いや、荒れた展開になってからも、双方、ハイレベルな攻防が続いた好ゲームだった。試合を壊したのは、ひとつには、やはり審判のダブルスタンダードと受け止められてもおかしくない、不可解な判定だろう。
 トレイルブレイザーズのホームコートだったとは言え、審判の笛がウォリアーズの選手に不利なほうに傾いていたという印象は拭えない。
 いくつか鍵になる場面があったのだが、この日のハイライトとして話題になりそうなのが、やはり、4Q残り7分32秒(ウォリアーズ101 :トレイルブレイザーズ104)で、ゴールに向かってドリブルアタックしてレイアップを決めたクレイ・トンプソン(ウォリアーズ)が、ザック・コリンズ(トレイルブレイザーズ)との接触でチャージングを取られ、ノーカウントにされた場面だろう。
 あの場面であんなに飛ばされるの? というくらい若干派手目に吹っ飛んだコリンズの動きを「フロッピング(端的に言うと、演技)」と受け止めたウォリアーズの選手は多かったようだ(ウォリアーズを応援していたので、私も「フロップだ!」と思わず叫んだ)。滅多に激することのないトンプソンがディフェンスに戻る途中でコリンズにトラッシュトークし、それに対し、コリンズが興奮して言い返した(F語を口にしているように見える)ことも、火に油を注いたようだ。


Klay Thompson Very Mad At Zach Collins For Flop Acting | Warriors vs Blazers

 不条理な笛に対する抗議のファウル

 実はその後で、グリーンがJ・クレイマントレイルブレイザーズ)に対して取られたチャージングも(クレイマンによる)フロッピング臭いと言えば言えなくもないプレーだったのだが、こちらはさほど話題にならなかった(だが、その直後にグリーンがコリンズに対してやらかしたファールがフレグラントと判定され、猛抗議したカーの退場につながったことを考えると、グリーンの堪忍袋の緒はこの判定でぷっつり切れてしまっていたとも受け止められる)。

 この場面以外でも、前後半を通し要所要所で、ウォリアーズの面々が「What !?!!!?」と叫んで頭を抱えてしまうようなコールが続いていた。

 トレイルブレイザーズの選手がしたたかで上手かったという側面も否めない。一流選手ならば、審判を味方につける術、ファイルをもらう術を身に着けている必要があるだろうし、目の肥えたファンならば、その辺りの駆け引きもNBAのゲームを楽しむ際のポイントにしていることだろう。この試合でも、D・リラード(トレイルブレイザーズ)のファウルのもらい方は「さすが」と唸らせられるようなものが多かった。

 それに対して、ヌルキッチ(トレイルブレイザーズ)のプレーはいただけなかった。カリーに対してどうでもいい場面でさりげなく足をひっかけて転ばせようとしたり、グリーンの後頭部に肘鉄を食らわせたり・・・個人的には、何よりもヌルキッチに対して「こいつ、ダーティーだな…」という嫌悪感を抱かされた試合だった。

度胸あるタフガイ、試合後に変わったコリンズへの評価

 その一方で、コリンズの方は、ゲーム中はフロッピングの印象がどうしても強く、「小賢しいやつ!」と腹立たしく思っていたのだが、ゲーム全般を通してみると、自身がシュートブロックされた直後の大事な場面で見事なブロックを仕返したり、ウォリアーズのスター選手たちからの執拗なヤジにもたじろがなかったり、普段のインタビュー記事から若いのに計画的でしっかりと人生プランを持った選手というイメージもあったりしたので、冷静にゲームを振り返ったあとでは、「なかなかのタフガイ」「いい度胸してんな」というふうに評価が若干変わった。

 両チームのファンの間でも、コリンズはこのゲームで一気に有名になり、評価が真っ二つに別れたらしい。トレイルブレイザーズファンの間では、「タフガイ!」「よくやった」と持ち上げられ、反対にウォリアーズファンの間では、「クソ生意気な若造」「悪魔のようなフロッパー」としてSNSなどで盛り上がったとのこと。

駆け引きとしての、執拗な野次

 先にも書いたが、ゲーム終盤、頭に血が上ったウォリアーズのスター選手たちは全員ベンチに下げられたのだが、トンプソン、デュラント、グリーンらはけっこう強い口調でコリンズを野次っていた(トンプソンの場合は、「フロッパー!」という執拗な野次が、テレビ越しにも聞こえてきた)

 せっかくいいところまで競ったゲームを失う展開になって悔しかったというのももちろんあるだろうが、ゲームが犠牲になった以上、騒ぎを大きくすることでフロッピング(と自分たちが確信している行為)とそれを行ったと思われる相手選手への注目を否が応でも高め、2度と自分たちとの試合でそんな真似ができないように予防線を張ったという側面が大きかったのではないかとも思う。解説者の塚本氏も言っていたように、シーズンを通してみたときの「駆け引き」に出ていたと受け止めたほうがいいのかもしれない。

 思慮深そうなデュラントがグリーンらと一緒になって大声で野次っていたのも、そんな思惑があってのことだろう。あとは、チームケミストリーを大事にしたという面も少しあったのかな、とも思う。シーズン前半で、自身とグリーンとの激しい口論の後、チームが一時連敗の波から抜け出せなくなるという苦い出来事を経験したこともあり、ここは、フレグラントファウルをとられたグリーンやテクニカルファウルをとられたトンプソンらを諭すよりも、レフェリーやコリンズを野次る方がチームにとっていいと判断したとか(諭そうなんて、最初から思ってなかっただろうけど)。何よりも、カーの退場が、そうした行為をやりやすいものにしたのかもしれない。

逆転劇を演じたかったステフ

 いずれにせよ、そんなふうに騒然とした状況の中、中心選手の中でスティフィン・カリーだけは、静かにベンチに腰を下ろして終始無言だった。デュラントやグリーンのような、抗議したり文句を言ったりする役回りの仲間がチーム内にいてくれるというのもあるのかもしれないが、これはカリーの性格に負うところが大きいのかもしれない。カリーもゲーム中の抗議や乱闘でテクニカル・ファウルをとられたり退場になったりしたことは何度かあるが、駆け引きにせよ、相手選手をずっとなじり続けるというのは、やはりカリーのイメージにあまりそぐわないような気がする。

 ゲームの中でも、ヌルキッチの薄汚いファウル(と私は思う)を受けても、抗議することなく、直後に3ポイントを決め、心なしかゲーム後半はヌルキッチのいるゴール下に向かって切れ込んでいくプレーが多かったようにも思う。心の中は燃えていたということなのだろう。バスケットボールで怒りを晴らしにいったわけだ。

 何よりも、カリーはこの試合、逆転勝利する機会が十分にあると思っていたのだろう。ゲームを通して、カリーのシュートタッチは非常に良かった。それまでの数ゲーム、珍しくシュートを決めきれない場面が多かったこともあり、この試合のカリーはとても気持ちよくプレーしているように見えた。

 カーの退場シーンでも、カリーは首を振って不本意な気持ちを隠さなかった。恐らく、デュラントらと同じくカーの意図を十分すぎるほど理解していたのだろうが、それでも、3分54秒の残り時間と、103対110の得点差(フレグラントファウル分も含めた5点分のフリースローをすべて決められたとしても)自分の3ポイントをもってすれば逆転の芽はあると考えていたのだろう。今まで、3ポイント攻勢で数々のゲームをひっくり返してきた実績があることを考えれば、それも納得できる。

 カリーにとっては、目の前にある勝利の可能性を自分たちから捨ててしまったことがやるせなかったのかもしれない。ファンからみても、決してきれいごとだけではすまされないゲームの駆け引きをみることもまた、それはそれでレアなこととして楽しめるのかもしれないが、何よりも、稀有な能力を持ったプレイヤー同士によるガチンコの真剣勝負の中でしか生まれないドラマチックなゲーム展開をみれることこそ、無上の喜びだと言える。私も、この競った好ゲームの“本当の結末”をみてみたかった。

 

ギガを気にしつつ気にしない

もう、かれこれ4年以上、WiMAXを使っている。ギガ放題で、ギガ数を気にせず使っている、、と書きたいところだが、実際には映画やらスポーツチャンネルの動画をみる機会やらが多いので、最近は3日で10GBいかないかどうか、それなりに気にするようになった(時々、会社の超絶早いWi-Fiで動画コンテンツをダウンロードする誘惑に駆られるが、今のところ打ち克っている)。

そうはいっても、NBAを1ゲームみると、それだけで3GBくらいいってしまうので、3日で10GBなんてすぐだ。なので、実際には、上限を越えてもあまりに気にせず使うようになった、というほうが正しい。通信制限がかかっても、1Mbpsということになっているし、まあ、ブラウジングでは概ね我慢できる速度は出ているように思うので(携帯キャリアなどの128hbpsには、耐えられる自信がないが)。

ネット上では、WiMAXはけっこういろいろ書かれていて、確かに、使っている上で改善してほしい点はたくさんあるのだけれど(昔は実際に解約を考えたことも何度もあるが)、支払っている料金に対するパフォーマンスについては、相対的にいってこんなものなのではないかとも思う。

世のトレンドはミニマム志向

その昔、ブラックな媒体であくせく記事を書いていたころは、使う時間もないのに1月1万6000円(だったか?)くらいするフ◯ッツ光を自宅に引いていた。1月に一度も使わないという月がほとんどで、それでも2〜3年契約しっ放しにしていたように思う。スマホも、国内キャリアで登場し始めた頃から使っていたので、今と比べるとべらぼうに高い料金を毎月支払っていた。いったい、どこにそんなお金があったんだろう。

家賃も今より高かったし、スポーツジムも高いところに掛け持ちで所属していたし、何よりも、連日飲んでいたので飲食代がこれまたべらぼうな金額に達していた。本当に、どこにそんなお金があったんだろう...。

通信サービスの普及拡大が進んだというのも大きいのだろうが、固定費って、工夫によって結構削れるものなんだなと思う今日このごろ。ミニマムライフは送れていないが、これまでよりミニマム志向にはなっているはず。これを気に、アルコール以外のところでミニマリストを目指してみようかしら。

 

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「体幹」でNBAも変わった!?

けっこう前からの話ではあるが、近年、どのスポーツでも「体幹」を意識したアスリートが増えた。というか、今やアスリートにとって、「体幹」を重視した体の使い方やトレーニングを行うことは常識といってもいいものなのかもしれない。

それは、格闘技の世界だけでなく(武道や格闘技の世界などで言われだしたイメージが強いもので)、球技の世界でも同様で、NBAのゲームをみていても一目瞭然だ。

私が夢中になってNBA観戦していた頃(シカゴ・ブルズの初期三連覇前後)、NBAプレイヤーの動きはもっと身体能力任せ、筋力任せで、ねじったり、体が激しく上下する不安定なものが(今よりは)多かったように思う(そんな気がする)。それに対し、最近の選手のプレイは、上下のブレが少なく、体の中心軸がしっかりと安定したものが多いように思う(やはりそんな気がする)。

もとより今のNBA選手は科学的なトレーニングを取り入れる選手が多くなったということもあるのだろうか。ともかく、スマートなプレイをする選手が多くなったような印象を受ける(そうはいっても、たとえばジョー・デューマスのように、30年前でも体幹バツグンに強い選手は、特に一流選手の中にはたくさんいた)。

非効率でドラマチックなプレーの魅力

ただ、その一方で、プレーから淡白な印象を受ける選手も多くなったような気がする。いや、多分に私の主観なのかもしれないが。

それに、淡白にみえるプレーで得点できるなら、チームにとってそれ以上にいいことはない。簡単そうに得点できるチームほど強いチームーーそんな暗黙の共通認識のようなものがスポーツの世界にはあるように思う。瞬発力とともに持久力が問われるバスケットボールの世界ではなおさらだ。

だが、淡白さとは真逆で、これでもかというほど上下左右の揺さぶりをかけてスキルを駆使した挙句、放ったシュートがネットに吸い込まれるのか否か見届ける時間が長いような、ハラハラドキドキさせられる(個人技による)得点シーンも、やはり心が揺さぶられて、いいものだ(ただ、華麗な得点シーンが多くても、ゲームに負けたら本末転倒と思うファンも多そうだけど)。

そんなことを先日のトロント対ボストンのゲームで思ったのだった。この試合、トロントはカワイ・レナードを中心に、実に自然に、淡白に得点を重ねていた。対するボストンは、スムーズなパス回しからのスリーも結構決まっていたのだが、要所要所でのカイリー・アービングのアクロバティックな得点シーンがやはり印象に残った。
カイリーはゲーム前の経緯などもあり、この試合はアシスト(18アシストを決めた!)やチームの統率に注力している面が強かったのだが、そうした中でも、勝負どころではいつもの大きなゆさぶりと細かく素早いスキルを駆使したアクロバティックなプレーで決定機を仕留めていた。効率性なんてものをハナっから考えていないかのようなプレーはドラマチックで、やはりどこかしら心を鷲掴みにされるような魅力があるんだよなぁと思った。一方で、効率・効果を追及した究極の”流れるような”チームプレーをみるのもまた、バスケ観戦の醍醐味なのだけれど。

 

 

Pixelに思い焦がれながら、P10に満足している現状

Pixel3の発売に熱狂したけれど

Pixel3を買おう買おうと思いながら、いまだ買っていない。どうしたものか。
ずっとNexusシリーズを使ってきて、短期で海外に行った際にPixel1を使ったときの使い勝手がよかったこともあり、日本で発売されたら必ずPixelシリーズを買うぞと思いながら、はや2年近く。ようやっとPixel3の日本発売が発表されたときには、その熱い想いが冷めてしまっていた。

コスパとデザイン(ロゴさえ入っていなければもっとよかったのだけど)に惹かれて購入し使っていたHUAWEI P10に思いのほか不満が少なく、このままいくと、当初の予定に反して、記念すべきPixelの日本発売をスルーしてP10を使い続けてしまいそうだ。そりゃ、Pixel3に比べたら、P10なんて月とスッポンなんだけど(でも、P10のデュアルSIMは便利)。

だが、1年足らずの頻度でスマホを更新してきた中で、はたしてこんなものに毎年10万円近くもかける(キャリアからは買わないので)のが、妥当なんだろうかと、最近疑問に思う。
それよりは、最近ハマっている機械式時計を買う足しにするほうが、人生有意義になりそうな気がしないでもない。職人による手作りの時計の仕掛けが、チチチチチチと動いて時を刻む様を見るのは、なんだか心地よい。スマホの購入頻度を少なくするだけでは足りなそうだけど、万馬券が当たったら、スプリングドライブのモデルがほしいなぁなんて思ったりもする。馬券が当たっても、PixelやiPhoneがほしいなんて思わないだろうな、間違いなく。そういう意味では、企業の時価総額とブランド力ってあんま関係ないよなーなどと書くと、突飛な方向に話がいってしまいそうなので、この辺でやめておく。

 

 

Google - Pixel 3 (2018) Unlocked sim free (64GB, Just Black)
 

 

どうなる、Huawei 問題

それにしても、Huaweiの周辺が喧しい(かまびすしい)。 

その昔、今のように公然と騒動が大きくなる大分前に、とある関係者から聞いた話では、日本でも政府関係者や警察関係者はHuaweiの携帯は使わないんだとか。私が昨年、P10を使い始めたときも、ちょっぴり怖かったし、それ相応の覚悟は必要だった。
だけど、実際のところ、Wi-Fiモバイルルーターやら携帯の基地局やらに、すでにHuaweiはがっつり入ってきてしまっているのだよなーという事実が、諦めというか妙な安心感として働き、なおかつ、IT担当のオタク記者が、今、世界最高スペックのスマホをつくっているのは、間違いなくHuaweiですよー(本当なのか?)と、つばを飛ばしながら力説していたのにもほだされてしまった。

バックドアだかなんだか知らないが、正直、どこかで情報を取られているのかもしれないなと思いつつ、そんなん、アメリカのネット企業からも取られているし、ウィルスソフト経由でロシアにだって抜かれているかもしれないとも思う。ただ、中国の場合は、軍民の直結度合いが他国の比ではなさそうだし、情報の使途がえげつなさそうなイメージがあるので、やはり怖いことは怖い。

はてさて、この騒動、どうなるんでしょうね。アメリカが決然として重い腰を上げたということなんだろうけど、やるならもっと前でもよかったのではと思わなくもない。

 

Huawei 5.1型 P10 SIMフリースマートフォン グラファイトブラック

Huawei 5.1型 P10 SIMフリースマートフォン グラファイトブラック

 

 

Webメディア隆盛の時代に、今さらながら

だいぶ以前から言われていることではあるが、紙媒体とWeb媒体の原稿料の差が著しい。

もちろん、紙もWebも様々な媒体があるし、オールドメディアも紙からWebに比重を移しているケースが大半である状況下、「紙 vs Web」などとして単純比較はできないが、それでもいまだに一定の傾向はあるように思う。

私がもらう限られた依頼の中でも、紙とWeb(どちらかというとOld Media と新興Web Mediaの違いか)では、同じくらいの質量の記事で1件あたりの原稿料が1.5倍〜2倍ほど違うケースも珍しくない。

紙媒体の市場がどんどん収縮し、反対にWeb媒体の市場がずんずん拡大する中では、やがてどこかのタイミングでそれぞれの原稿料相場(書いてる内容に若干ねじれがあるが、Old Media と新興Web Mediaの原稿料相場ということ)が拮抗してくることになるのだろうか。こと原稿料の水準変化については、書き手を募るプラットフォームが整備されてプレイヤーが圧倒的に増えたという点が大きな影響を与えている。だれもがライターを気軽に名乗ることができるようになり、安い金額も厭わずに原稿を量産する書き手が増える状況では、原稿料に対しては下方圧力の方が強く働く。

こうした中で、有名どころはのぞいて、旧来の中堅層(?)くらいの書き手の中には、安い料金でどんどん原稿を引き受けて相場を押し下げる書き手に対し強い憤りを抱いている人も多い。建設現場の日雇い仕事の現場でも、従来から日雇い仕事を受けていたベテランが、どんなに安い賃金でも仕事を引き受ける若手が増えたために相場が押し下げられているとしてフラストレーションを溜め込み、衝突につながるケースがあると聞くが、似たようなことが起こっているわけだ。

まあ、効率化、機会の平等化が進んだ結果であり、既得権益の壁を楽に越えられるようになった結果とも言え、書き手というか、働き手にとっては悪いことばかりではない。

これに抗おうとしたら、自分の仕事に付加価値をつけるべく努めるのが一番だが、それが難しい場合には、フリーや日雇いの人同士で組合をつくるか、それぞれの業界ごとの最低賃金を取り決めるようロビー活動(?)をするしかないのかもしれない。

時代に合った著作権者を守る仕組みがほしい

とは言え、出回っている文章コンテンツのレベルについては、流通するボリューム自体が圧倒的に増えた中で、ひどいクオリティのものが目につく機会も多くなったように思う。盗用やデマも多い。

デマはさておき、どんなに効率化を追求する中でも、著作権はないがしろにせず、一定のルールのもとで創作者に報いる仕組みを時代に合わせた形で整備してほしいと切に願う。現在、世間では、著作権法改正案の提出に向けた文化庁の審議会で罰則強化の動きがある点に話題が集中している。著作物をダウンロードしただけで刑事罰を課すという方向性が本当に妥当なのか否かも含めて、成熟した議論が必要だ。

などという月並みな結論で締めくくってしまうが、紙とWebの双方で、充実して原稿を書いていけたらいいなあ。

田舎のWi-Fi環境

 年末年始に帰省すると、やはりWiMAXの電波がほとんどつながらなかった。従来からのことなのであまり気にならなかったが、ワイモバイルなどの他のWi-Fiも同様につながりにくい状況も、これまでと変わっていないようだ。

 もともとこの地区では、携帯キャリアが電波塔などをバンバン建てていた全盛の時代に、電波塔による人体への悪影響を懸念した携帯用の鉄塔建設反対運動が起こったことにより、各携帯電話の電波環境の整備が、他の地区とくらべて著しく遅れたという経緯がある。果たしてそれが多少なりとも影響しているのか、はたまた、それがWi-Fiを手がける各社のもともとの戦略なのかは知らないが、この地区は相対的にWi-Fi環境が整っていない。

 地方の大都市のベッドタウンであり、海沿いでアクセスにも便利な立地にあることから、決して過疎の町ではないのだが、不思議なことに、隣接する過疎地域などでWi-Fi環境が整備されつつあるなか、うちの地区では整備が進んでいない。

 手頃な料金でWi-Fiを利用できれば、両親にもタブレットやらスマホやらを手軽に使ってもらえるのになぁと、ちょっと残念な気がしてならない。

 とは言え、Wi-Fiの電波がほとんど飛んでいない環境というのも、見方を変えれば、案外落ち着き、ホッとできるものなのかもしれない。

 ということを東京に戻り、自宅マンション周辺に飛んでいるWi-Fiの電波状況を可視化してみて、ふと思ったのだった。こういう電波って、何がしかの影響を及ぼしていたりしないのかしら。